♡航星日誌♡

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ウロボロス・フュシス

紀元4世紀のキリスト教グノーシスの作品とされる『ピスティス・ソフィア』がある.それは3世紀に書かれたギリシア語文書のコプト語訳で伝えられてきた. それには、「(宇宙の)外周を取り巻く闇であって,自分の尾を口にくわえている巨大な龍である」と述べられている(『ピスティス・ソフィア』).このような蛇または龍は,古代占星術錬金術グノーシスの文書や図像に認められ,ギリシア語でOuroborosと呼ばれていた.
 ルドルフによれば,図3は14世紀の錬金術写本の図であるが,次のような解説が付せられている. 宇宙が自分の尾をくわえた蛇として描かれ,ギリシア語で「万物派は一つ(ヘン・ト・パーン)」という書き込みがある. 黒く塗られている蛇の上半身は地球を,明るい下半身は星をちりばめた天を表現している. 全体としてこの図は生成消滅の永遠の循環を示す古いシンボルであり,グノーシスもまたこれを宇宙の表示として利用した,と. また,紀元3世紀のギリシア語魔術パピルスの中の護符として描かれたウロボロスと,それに書き込まれた魔術的呪文と記号の図と解説がある(pp.242-243). (なお,吉田敦彦・松村一男(1987)『神話学とは何か』(有斐閣新書),p41にも,図3と全く同じ図が掲載されている. しかし図の説明には「紀元前3世紀にギリシアで描かれたウロボロス」とあり,また本文(pp.41-42)では上記と異なるユングの解釈が述べられている.)
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図3


 グノーシスの「オフィス派」は,そのような蛇ないし龍のような闇を,自らの尾をくわえて外周を取り巻く海蛇として,その球体的宇宙図の中に描いたのである. それは世界の支配者,宇宙がもたらす大災禍を象徴している,と. pp.47-48

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 求道者の求めは了承され,にわかに新しい幻が展開する. そこでは一切が光であり,それは美しく,喜ばしく,愛を抱かせるような眺めであった. 「それからしばらくすると,闇が垂れ下がり,部分部分に分かれ,恐ろしく,嫌悪を催すものとなり,曲がりくねって広がり,私(求道者)には蛇のように見えた.」(ヘルメス選集Ⅰ)
 このように世界の原初は,相対立する2つの原理,「光と闇」,として示された. 同時にここで注目されることは,「曲がりくねって,・・・蛇(龍)のように」なったという闇という表現である. 既述のように,これは宇宙の「外周を取り巻く闇であって、自分の尾を口にくわえている巨大な龍である」と『ピスティス・ソフィア』に述べられている. ギリシア語で「ウロボロス」と呼ばれていたそのような蛇ないし龍は,前掲の「オフィス派の宇宙図」(球体的宇宙図)では、恒星天・第八天と7つの惑星の間に描かれているが,ここでは至高神・光の世界と恒星天の間に現れた.
 「それから,闇は湿潤なフュシスのようなものに変化した. それは名伏し難いほどに混沌とし,火のように煙を発し,・」(ヘルメス選書Ⅰ)と続く. p.75

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光の側から現れたロゴス(神の子)がフュシス(湿潤なカオス)に乗ると,四元素が生まれた(ヘルメス選書Ⅰ). 四元素とは,火(霊気と同義),空気,土,水である. ここではロゴスを男性原理とし,フュシスを女性原理とする性的結合の表象が用いられている,と解説されている. また「ロゴス」の働きについて,この文言と並行するものとして,プローティノスの『エンネアデス』が引用されている, すなわち「質料(ヒュレー)は性質のないものであるが,ロゴスの形成的な力がこれに作用して,一定の性質を持ったものとする・・・質料が火となるためには,これに火ではなくてロゴスがこなければならない」のである. p.79


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要するに,混沌の状態にあったところに聖なる光が昇り,神の力が加えられて「湿潤なるもの」から元素が凝固した,というわけである. これは上述の「ポイマンドレース」の状況に似たものであるといえる. 四元素の出現は「神の意志」によるものであり,神の意志が世界を創造する行為の出発点であるとする主張は,ヘルメス文書の思想圏においては常識であったという. p.80

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小野俊夫,カオス論研究,近代文藝社