♡航星日誌♡

・・・to boldly go where no one has gone before.

音楽

音楽。元宵に泣き崩れた前後から。なにを聴いてもわたしの全てに侵蝕してきて震わせます。今までの私と異なるから理解不能なのです。なにが起こっているのかわかりません。これまで強力に機能していた私の思考と論理が身動きひとつせず停止して感情か魂かに音が直通しているような。

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鳥居の向こうにぼうっと光るものを見たり、鬱蒼と生い茂った参道を本殿まで押されて上ったり、無理やり戻すから気にせずリリースしろって白い筒の中を無理矢理こちらにもどされたりというのはイエソドーケテル、月ー恒星の通路のことなのですって。
ぶっとびせんせいの空気を吸うと一瞬で生き返ります。文字よりやっぱ音声や動画がいいなー。もちろん文字もいいというかありがたい限りなのですけれど。音声は夢見せんせいの愉快なぶっとび感がキラキラ弾け飛んできます。笑っちゃう。だいすき。質問したのは私ではないあるよ。20200211の動画。


少し前の満月意図の夢見では退屈な感情の夢見をいくつかしてここを出ようと大急ぎで荷物をまとめて白い清潔な下着をパッキングしていましたが、白い素朴な下着はイエソドが左右によりかからずに中央にどどんと自立してあることなのですって。ほえーー。未知の世界



元宵節0208のかな、はだけたお尻の鷲掴みはなんだったのだろうな。鷲掴みにされた感触が残っています。こういうのって残るのね。なんなのだろう。夢見の触覚。肌の上を這う指の感覚とか女性の一番奥の部分を刺激される感覚とか口の中に張り付いている幼虫の感触とか。


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ビジョン/Libera, Sanctus

気がついたら少し前から音楽を聴いているとビジョンが見えるようになったのですがこれはイヤフォンをしてバイノーラルを聴いているわけでもなくて、音響が良いというわけでもなくて、ただ古いPCでyoutubeを再生しているだけなのです。イヤフォンをしてバイノーラル的なものを聴いているとクリックアウトするのです。夢見せんせいの動画でさえ。わたしなんなのだろうと思っておかしいからいろいろ好きな音楽を流してビジョンが見えるか遊んでいるみたいなところです。音楽を聴いているとごーっと吸い込まれて気がつくと気を失う寸前みたいな感じでそしてビジョンを見ている。一瞬でリラックスできる方法をみつけたのでほんとかな?と試してみているのです。
わたしはなんの練習をしているのでしょう。わたしがおかしいということはわかっている。いいの楽しいから。笑



それで今日のビジョン
浦上天主堂下にいる。ひとり。道に挟まっている黒いゴムを見ている。酒屋さんの横断歩道のところ。背後は浦上天主堂原爆遺構。目の前はカトリックセンターのレストラン、左斜めにはカトリック大司教館、その先には中国領事館。抱きしめてあげたい私がそこにいる。泣ける。

②夕日。カンボジアシェムリアップの夕日をみるポイントってなんていうんだったっけ。名前忘れました。そんなような石の高台みたいなところ。目の前の人々は夕日を見ているのではなくてペアで互いに向かい合って見つめあっている。その黒いシルエット。オレンジ色の燃える様な夕日。


賛美歌が反映されたビジョンなのかな? 意図はなし。①みたいな実際の情景というのは初めて。そこにいる感覚。

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泣き続けた。



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