♡航星日誌♡

・・・to boldly go where no one has gone before.

20230101-20230111/あなたがどこまで信じられるかにかかっています/天女/お迎え/フルトランス/マリアさんのカフェ/プロビデンス/12の星の冠・賢者の石の精製

謹んで初春のお喜びを申し上げます

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20230101

2021年は初夢や春節春分などのものをピックアップすると一年の夢見のおおまかな流れが把握できてそれがまとめに相応しいものになりました。2022年のまとめもそのつもりで始めたのですが、始めてみると全ての記録に目を通してその都度、退行、停止、内観、瞑想の流れになり時間がかかってしまいました。まとめも一年分全てということになりました。年内のうちに終えることができて安堵しています。

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20230102

①声「あなたがどこまで信じられるかにかかっています。」

 

去年の夢見には私がこの世に生まれた目的と思われるものが点在しはじめました。そして夏から秋以降の夢見でようやく本来の私が始まってきたことを感じました。そして今日のこの夢は私は私がこの世に生まれた目的を果たしたいのでそのために導いてほしい。という願いに対するものになります。

この「私がこの世に生まれた目的を果たしたい」といいますのはアリストテレスの述べるところの国家的、集団的至高善を指しています。個人のためではなく国家のために身を捧げるということです。私の場合の国家や集団は、物質世界における国家や集団を指してはおらず、非物質世界に属する枠組になります。”人間的な規律にもはや従属することはなかった。(略)死も彼らを忘れてしまうほどの生命の学問に通じた者”のことです。なぜこのようなことをするのかといいますとそれが私にとっての心からの喜びであり楽しみであり望みであるからです。

 

②今日慣れない街で道すがら道を間違えたら天羽衣神社という神社の参道の入り口にいた。私はとても驚き嬉しかった。小さな神社だった。誰もいない。

「羽衣を見つけた天女は帰ろうとしましたが数年間地上で暮らしたので羽衣を纏ってもすぐに飛び立つことができなかった。だから神社へ行き穢れを祓ってもらい天に帰った。(略)」という由緒を読み、無事に帰ることができて本当によかったですね。本当に良かったです。本当に大変でしたね。本当に良かったですね。とその地の守護神として祀られている彼女にお詣りをできて私はとても嬉しかった。喜びでハートが躍動してくるくる回りながら帰路につきました。

その夜、そっか私も彼女のように神社へ行ってより清らかになりたい。と思いましたので、神社で神聖な内的な自己、本来的な私に繋がっているときの私をイメージして集中しました。それと同時に流れてきたのは神社の本殿で天女の儀式を受けた20221017の夢でした。

「あなたがどこまで信じられるかにかかっています。」という言葉を反芻するのに最適な夢見ではないでしょうか。

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20230103

20230104

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20230105

フルトランスのチャネリングのようなもの。とても強いエネルギー。目を閉じたまま自分ではない者がものすごいパワーで話し続けていた。終わった瞬間気を失って倒れこむ。もうこのまま死ぬ。倒れ込みながら「終わったから倒れています」と聞こえたので「そうなんだ。。」と遠くでうっすら思っていた。どれが夢でどれが夢でないのかわからない。とてもきつかったです。ものすごい疲労です。全部夢かもしれない。わからない。起床後の疲労がとてもおおきい。

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20230106

カフェで朝食。甘いコーヒーのようなもの。前に座ったおばあさまはチョコレートを食べている。

おばあさま「昔はこんなだったんだよ〜だからいいんだよ〜。」

私は朝食がチョコレートであることをなにも気にしていなかったのですがおばあさまは私に気を使って仰います。

私「そうですね〜」と世間話。

振り向くとカウンターにいたのはマリアさんだった。白く放射して輝く光。ここはマリアさんのカフェ。移動の通路は最新のきれいなものになったようです。

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20230107

プロビデンス

恒星の名前なのかと思い調べたら違うようでした。

寝る前は「あなたがどこまで信じられるかにかかっています。」という夢、自分自身を信じるということについて丁寧に瞑想していました。

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20230108

なめし革の古い茶色本にタイトルが書いてある。「****摂理」

摂理というのは昨日のプロビデンスと同じ

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20230109

書物を開くとそれはキリスト教か神学の辞典で「12の星の冠」の項

 

意図。意図といいますか昨日考えていたこと。

穢れないように蓋をしてなによりとても大切にしている感情、私のパワーの源になっている感情が私にはあります。昨日、一昨日はその宝箱の蓋を開けていつもよりも丁寧に感じて自分を改めて見つめることを腰を据えて行っていました。

私にとりましてその感情は何にも代えがたいとても素晴らしいものなのですが、同時にもうずっと何年になるでしょうか、長い間ほとんど毎日涙を流したりときに嘔吐するほどとても苦しく辛いものとも言えます。しかし私にとってそれは素晴らしいものでしかありません。震えるような神聖な感情。この世に失望して、この世で萎縮し膠着し自分自身に絶望していた私の心を溶かしてくださった偉大なもの。私を変えてくださったもの。私を闇の中から救ってくださったもの。それは尊いもの。それを教えてくださるもの。私にとって宝であり希望であるもの。全てに感謝でしかないもの。

この夢見のブログもこの私の感情と内的自己との対話によるものなのかもしれません。これは私にとってRobert Fludd「Summum bonum(至高善)」の薔薇と十字の挿絵Dat Rosa Mel Apibusの蜂であり薔薇であるといえるのではないでしょうか。尊い本質、賢者の石の精製なのかもしれません。

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もしかしたら多くの方には努力とカテゴラズされてしまうようなことが、私にとりましては努力ではないので、そのような表現としてこの場所に表れることはないかもしれません。私はそのような表現は使いませんが、多くの方には努力と思うかもしれないことを私はやっているかもしれません。ですので私はずっと本気で命懸けでやっているということには気が付かれない方もいらっしゃるのかもしれません。

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Providence/プロビデンス

神意、創造主である神の被創造物への配慮と導き

神は全知・全能であるので、その聖旨(みこころ、Will)は、完全であり、常に、愛と善意とによって特徴づけられている(The Perfect Will Of God)

In theologyDivine Providence, or simply Providence, is God's intervention in the Universe. The term Divine Providence (usually capitalized) is also used as a title of God. A distinction is usually made between "general providence", which refers to God's continuous upholding of the existence and natural order of the Universe, and "special providence", which refers to God's extraordinary intervention in the life of people.[1] Miracles generally fall in the latter category.[2]

神学では神の摂理、または単に摂理は、宇宙に対するの介入です。神の摂理(通常は大文字)という用語は、神の称号としても使用されます。通常、神が宇宙の存在と自然秩序を継続的に維持することを指す「一般摂理」と、人々の生活への神の並外れた介入を指す「特別摂理」とは区別されます。[1]奇跡は一般的に後者のカテゴリーに分類されます。/wiki

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20230110

年末の夢で私は感情を整えることの重要性とその方法について多くの女性達に向かって確信を持って説いていました。その夢見の前には黙示録の12の星の冠について読んで思いを巡らせていました。

昨日の夢は年末とシンクロといいますか逆になっていることに気がつきました。

年末は12の星の冠について読み、夢で感情を整えることを説いていた。

昨日は自身の感情を感じて自己を丁寧に見つめていた。そして12の星の冠の夢を見た。

感情体がバージョンアップしたのでしょうか、この世に来てショックを受けて破壊されつくされていた感情体が修復されたのかもしれません。

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「ひとりの女が太陽を着て,月を足の下に踏み、頭には十二の星の冠を被っていた。」(黙示録12:1)

「太陽を着て」というのは20230106のカフェの夢でそうだったように眩く放射する光だったことを述べているのでしょうか。

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20230105のフルトランスのチャネリングの夢見で脳に受けた衝撃といいますか圧迫といいますか違和感といいますか爪痕がようやく薄れてきました。

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20230111

The Hermetic Rose Cross

「大きい方のバラ十字の花弁は二十二枚ありますが、これはヘブライカバラのアルファベットの二十二文字を表しています。三つの同心円として配置されており、小さい円に三文字、中ほどの円に七文字、大きい円に十二文字が書き込まれています。

小宇宙の人間が展開すると順々にまずはじめの三文字、次に七文字、その次に十二文字に接してゆきます。その意識が三番目の円に到達する高みにまで上昇し得たときにその人は物質を超えた力を象徴している大きな方の十字を理解するようになります。」(略)」/(出典:The Rosicrucian Order, AMORC)

 

私の創造する聖なるトトロの12の三角形はThe Hermetic Rose Cross12文字の円でもありますように。

お腹の12個の三角形は降り注ぐ阿弥陀如来の12光を表しています。
このアイコンをみつめると阿弥陀如来の12光をアファメーションしたことと同等の力を発揮します。自らを12光の姿で観想することができます。

お腹の12光は私のRose Crossの中央の開花した薔薇です。四方に広がる四肢はThe Hermetic Rose Crossの放射される白い光線と同じく世界の中に輝いて表現される内的な自己の光を表しています。

頭上には12の星の冠をいただいています

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お読みいただきましてどうもありがとうございます。