♡航星日誌♡

・・・to boldly go where no one has gone before.

20220206-20220218/五角形の瞑想/ブッディ体の傷/火・私は燃える・再生/両親/死/虫、古脳虫/7−11

 

20220206

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20220207

①お名前は存じ上げなかったので記録する前に調べました

その方はくつろいだ様子で若村麻由美さんとご主人のことを気持ち悪いと笑いながら私の様子を伺っている

夢の私

あなたも若村さんの立場だったら彼を尊敬して愛したかもしれないし私も若村さんの立場ならそうしたかもしれない。あなたがそうして想い慕っている男性は若村さんにとっての小野兼弘氏であるはずであなたはその彼を側に感じながら小野氏と若村さんの関係を笑うことは私には意味がわからない。それに最後まで純粋に辿ればどんな宗教であろうと宗教でなかろうと差異はないと私自身は思います。

 

とても驚いてしまってうまく言えなかったように思います

 

②真っ暗い道を歩いて橋を渡って登ると右へ向かって道があった。

練習用だ!

嬉しくて嬉しくて遠くの石から石へ物凄い勢いで飛んで渡って走って飛び続ける

 

起きたら汗ばんでいた。運動後の爽快感。夢の中でランナーズハイを感じました
以前の夢に「山奥の祠の側の巨石群を赤い下の下着一枚で石から石へものすごい勢いで飛んで走り回っていたら気配を消していたのに山伏の一人に見つかってしまった。そこは沢山の山伏と宮司が集っていた。」という夢があります。生き生きと飛び回る感覚はその時と同じでした。練習用だ!ってなんでしょう。夢で身体感覚を研ぎ澄ますトレーニングをしているのでしょうか

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ブッディ体の五角形の塔の中心に滞在しはじめました/20220203旧正月初夢

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20220208

五角形の中心にいる感覚

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20220209
五角形の中心にて
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20220210

五角形の塔の中央での瞑想で感じたことと、たまたま開いた本やブログの内容が全部シンクロします


「傷を癒やす」

傷を癒やすというのは自覚して受け入れるということです
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20220211
それがブッディ体としてのことなら自覚して受け入れるのは2200年スパンでのことだろう。何を癒やすのか。近隣の過去生をみてみると男女の二元制の世界と人の精神世界を理解しに来ているとわかります。女性としての人生は母性を理解する人生、女性性を理解する人生。男性としての人生はひたむきな神秘家(夢によると薔薇十字)と高僧を支えるまじめな仏僧の人生でした。

 

ブッディ体の大学は女子大だったので私に必要なのは女性の魂としての傷を自覚し受け入れることだろう。場所や時代特有の女性の生き辛さや苦しさを経験し理解し受け入れて私なりに精一杯生きたことは、傷を負っていないということではない。二元的世界の中で翻弄され歪みが生じそのために女性が負っている母性の傷と女性性の傷です。今回は人生単体ではなく全体を俯瞰的に眺めて自覚して昇華する

なぜ俯瞰的である必要があるのかというと、ブッディ体のことであることと今回の人生の後半はいろいろ全部のまとめのためにあるように感じているから。

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女性性を使って生きる人生では心からとても大切に思い合えた方がいたようでその方の存在のおかげで私の心と魂は破壊されず救われて保つことができたのだと思います。

母は時代が背負った母性と女性性の傷を見せてくれ、父は押しつぶされてしまった男性性をみせてくれたのだと思う

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20220212

内観瞑想

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ひとりで山歩きをする時間を持てた

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20220213

内観瞑想

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20220214

四角い範囲の床が燃えて真っ黒な炭になった。そこにいた私も燃えて黒くなって無くなった。

 

実母的存在「ほら火事になったでしょ!だからつけっぱなしはだめって言ったじゃないのっ!!!!」

 

燃えるのを見ていた私「・・・。(そうかもしれない。でも燃えたからいいんだと思う。これで全部新しくなるから。新しく上に敷けるから。)」

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傷は昇華されたのかもしれない

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結局ずっと家族に入り込めなかった感覚や、つながりを感じることができなかった両親との関係性を、”作品作りのためにお世話になったこの世での両親のようなご夫婦”ホームステイ先の両親”20220205という視点で改めて見つめ直しました

 

私はなぜこの両親を選んだのかということをブッディ体のテーマや傷の視点も含めて定義して理解に努めました。先日の夢の私のようにお世話になりほんとうにありがとうございましたという言葉が彼らに対する私からの全てになるように。

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”火”

火は燃えてものを破壊する方向に限れば浄化と再生のシンボルともなる。破壊の持つ積極的意味が出てくることに我々は出会う。シンボルの逆転である。浄化と再生の点では、水も同じであるが、火は水と違って「光と真理によって最も精神的な形式に至るまで理解することで浄化する象徴である。」世界シンボル大事典

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20220215

20220216

今死に続けているのならマンダラの中心を解き放つのは今なのかもしれないと思ったのですが「常にいつでも解き放ち続けておけばいい」と前に言っていました。忘れていました。もしかして本当に死に続けているのかなって最近気がついたから。死とは瞬間的なものなのかと思っていたのですが違うみたいだから。だから解き放ち続けることはとても大切なことなのかもしれない。以前私は死とは清々しい精神性で非物質世界を生きることと定義したんだから

 

20211111

「バルド・トェドル」では究極の目的、つまり再生を避けることを達成する方法を教えている。それによると自分の守護尊を黙想するか、光明を念ずること、あるいはあらゆる存在が本質的に虚妄であることを悟ること、善きカルマンが多く現れるように心を集中することが助けになるとある。つまり私の場合は私のマンダラの中心を解き放った感覚なのかもしれない20210819

と私は言っていたけれど、マンダラの中心の感覚になると牛様は山の頂上に登って龍がお迎えに来てくれる(十、出鄽)20210801のなら、肉体の死の際までマンダラの中心を解き放つのをしまっておくのではなくて、死に際して死者の書を耳元で経読してもらわなくても、常にいつでも解き放ち続けておけばいいのではないのかなと思った。

 

20220101

なだらかな臨死やバルド・トドゥルの地獄やピラミッドテキストの蛇を手なづけたなどの夢見は生きながら死ぬというようなニュアンスだと思うのです。死にながら生きるというような。私にとっての死というのは清々しい精神性で非物質世界を生きるということです。

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20220217

本が読みたくて寝ないのに本を読み始めると眠る

行間通信で意識がなくなるから

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20220218

腕に青虫がいたからびっくりしすぎてはらって落としたら何匹かぱらぱら落ちてきた。あのとても大きい青虫、細い青虫たくさん。反対の腕にもついていた。もう気持ち悪くて気持ち悪くて一生懸命はらった。床にパラパラ落ちてくる。もう気持ち悪すぎて倒れて死にそうな気分。体も頭もはらったらパラパラ落ちてくる。きゃーーーーーーって叫びながら払う。もう死にそう。床に落ちた青虫が沢山。踏みそうで嫌すぎる。踏まないように敷きますね。って年配の女性が床に青いヨガマットのようなものを敷きつめてくれたんだけど、マットを敷いてもマットの下で青虫が潰れるよね。マットの下で青虫は死んでしまうからかわいそうだし気持ち悪いしますます気持ち悪くてもう私は気を失いそうでダメだけど、髪の毛の隙間にもいて頭を下に向けて髪の毛をわーーっと払うとパラパラパラパラパラ沢山落ちてくるからもう私は気持ち悪くて悪くて死にそうでもう嫌だ。もうだめもうだめもうだめだ気持ち悪い

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虫様。。久しぶりです。古脳虫さん。気持ち悪すぎてもうだめです。。。。(涙)。。

気になったのは広間が円形だったこと。白い円形の部屋。青いマット

 

円形の部屋というのは、地球のキューブから弾かれてブッディ体の塔に通うことと、四角の床が燃えて黒焦げになったことと関連しているのかもしれません。青いマットというのはコーザル体の古い記憶と関連しているのかもしれない

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お昼うつらうつら

セブンイレブンは私たちのピラミッド」

 

翻訳

オクターブ7からオクターブ11へ向かうのが私達の目的です

 

 

オクターブ7が何でオクターブ11が何のかは今の私にはわかりません

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最後までお付き合い頂きどうもありがとうございます

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ぼーっとしているのはいつものことだった

そういえばずっとそうなんだ