20211128−20211206/聖なる十字路の少女は金の帯をした貴婦人になる/臨死/ソウルの足で歩く
20211128
夢判断、夢占いなるものがあったんだったと気がついたのでいくつか読んでみました。
これらはジオセントリック的で、私自身の解釈はヘリオセントリック的傾向が強いということなのかもしれません
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20211129
読書中
声「ペリドット」
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ブログの副タイトルを変えました
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20211130
死後の経過、死後の出会いについてのメモ
夢の中で感じた近所のおばちゃん達という感覚は奪衣婆様を表現する言葉として的を得ているのかもしれない。奪衣婆様の夢見の直前の夢見が薔薇十字のギャザリングの夢見で、そこではまず初めに亡くなった方のための儀式をしましたが、もしかしたらその亡くなった方というのは私だったのかもしれない。それで次が奪衣婆様と懸衣翁という流れだったのかもしれない。20210925,20211005
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20211201
聖なる十字路の少女は金の帯をした貴婦人になる
聖なる少女、私のヘカテが開花して私とミックスされると第一質料になる/20211120,20211126の夢からのメッセージ
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20211126の舞妓の夢見のすぐあとのシトリンが口から出てきた夢見はこの過去生に対する石なのかも。それぞれの過去生に対応する石を決めてそれでつながりを強くしましょう。とインテグラル・ヒプノでペヤング先生がおっしゃっていたように思うけれど夢がこの過去生に対応する石を教えてくれたのかもしれない。
小さなシトリンをひとつ仲間に加えたい。こういうのってささやかに楽しい。大切なものがまたひとつ私の世界に増えた感じがして。浄化された過去生が物質化したのかな。大事にしたい
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20211202
20211203
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一年をかけての臨死は活動的な浄化と受動的な浄化だったのかもしれない。そのための時間をかけた丁寧な臨死だったのかもしれない。
活動的な浄化と受動的な浄化というのはちょうど今読んだ神秘学の読み物に書いてあって、つながった感じがあったから。
”創造主との統合に至る道には、2つの浄化の過程が必要であると指摘しています。第一の浄化もしくは純化を、彼は「活動的」なものと描写しています。それは、ソウルの感覚的な部分に関する浄化です。この浄化は私たち自身によって行われます。第二の浄化は、ソウルの深奥に関するものであり、「受動的」なものです。この浄化は創造主によってなされるため、完全に徹底的に行われることになります。”
段階的で穏やかな臨死というのは、今年を振り返って初めて気がついて。他に表現できる端的な言葉が今見つからないのと、ゆるやかな臨死というのは割と的確だなと思って
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20211204
20211205
夢
起床の狭間
声「ソウルの足で歩くがごとくソウルであれ」
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私のお気に入りの言葉だと、自分で自分に無害でありましょう。一般的によく言われる表現だと無我だと思います。それらに「ソウルの足で歩く」ということを加えると、この世をソウルで進みましょう。心配しないで、それで問題ないです。大丈夫。という私への優しい応援です
20201029の”それが純粋な意味で自分であるということ。自分がなくなるのではなくてそれが最善な自分であるということ。人間にとって最大限自分であれるということ。高次元と繋がっている内なる神聖な自己に追随しましょうという理解。”から一歩踏み込めたように感じた。追従するのではなく神聖な自己の発露
インナーチャイルドを守るためにまとってきたエゴの鎧を脱ぎ去ってももう私は大丈夫なのかもしれない
聖なる十字路の少女は金の帯をした貴婦人になる
「ソウルの足で歩くがごとくソウルであれ」は春分の夢見の「剣を取り放射する光とともに進め」と同じ存在
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20211206
夢
深夜に目覚める直前の夢
駐車場。他に駐車している車はない。停車して下車し手前のトイレには入らず奥にあるトイレへ。手前のは入らない方がいいから。奥のトイレは中二階にありジャンプしてドアの前へ。後ろの方で手前のトイレに入ってしまった存在がいたようで叫び声が聞こえたのが不気味で少し怖かった。もともと手前のトイレの中にいた別の存在からやられてしまった叫び声。でもそのトイレに入っていったのは不穏な存在だったから助けに行ってはいけない
最近は駐車場とトイレがセットで現れる。非物質体を外した上で移動できるようになったことを伝えているのだろうか。
脱いでも大丈夫なのはエゴもそうだけどソウルにまとっている非物質体もなのかもしれない。神聖なる無垢な魂へのアシスト、高貴で優しい奪衣婆様のおかげなんだろう。
ごめんなさい。駐車場は非物質体を置いておく場所、トイレは非物質世界の通路です。
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「亡くなったのは私だったのかもしれない」って。。
亡くなったことに気が付かないって実際もそんな感じなのでしょうか。以前夢に出てきた、亡くなったばかりで亡くなったことに気がついていない女性もそういう感じだったのかも
あれ?もしかして私って死んだの???という感じなのかな
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全体
丁寧に瞑想しました
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お読みいただきありがとうございます